どーも、こんにちは。

だいぶ前ですが、
映画マトリックスシリーズ3部作を通して見ました。
映画と現実を交えて思ったことを、述べます。
今こそ、述べておきたいタイミング…な気がしました。
ネタバレあり、
筆者の空想・妄想を含むので、
お付き合いいただける方のみお読みください。
(映画詳細はWikiを参照されたし→マトリックス (映画)

何度か見てますが、
ともかくカッコいい映画です。

・1、マトリックス


・2、マトリックス リローデッド


・3、マトリックス レボリューションズ


●意見
この映画を通して思うのは、
実は結構、
今の世の中も映画マトリックスの世界みたいだ、ということ。
(支配者と被支配者という構図)
そして、
主人公ネオの姿がカッコいいと思いました。
世界を救う救世主というスケールもさることながら、
主人公ネオの態度に「慈悲」を見た気がしたから。

ネオの態度が「慈悲」という点について。
記憶を頼りにザックリ言います。
ネオは最後の闘いで、スミスに問われます。
「こんなウイルス同然の人間どもを、キミはなぜ救おうとするのか?」
ネオの答えはただ一つ。
「選択したからだ」と。

この、
世界を救うという役割にありそうな葛藤、
自分以外の人々を本当に救う価値があるだろうか?
という問いかけに、緊張感がはしります。
そして
「選択したから」という、主人公のシンプルな答え。
そこには正とか負とかの感情が一切含まれていません。

それを見ていて、
これが慈悲か!」とか、勝手ながら納得感が湧いてきて、
カッコいいな、とか、
自分もそうありたいな、
とか、感心してしまいました。

慈悲とは、
見返りも一切求めず、
ただひたすら相手のためだけに行うこと。
無感情に行うことなのだなぁ・・・と。

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本当は、
様々な「選択」シーンが前フリになって、最後のセリフが効いてきます。
「眠ったままでいいか?それでも真実を知りたいか?」
とか、
「誰々を救うには、他の誰々を犠牲にするけど、それでもいいか?」
的な選択の積み重ねがありました。
なので、
このようにオチだけ切り取った紹介の仕方は、
作者に対する冒とくに近い行為かと思われ、憚られます。
が、
有名作品だし、
自分がいくら言ってもびくともしないレベルの名作だろうし、
大丈夫だろうかと思うので、
恐縮ですがあえてこのような形で紹介しました。
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3作通しで見ると、
その格好良さが分かるはず…


●実践できること
いきなり飛躍します。
映画から現実の話ですが、
我々ができる慈悲とは何か?

政治家になって弱者にやさしい社会にするとか、
実業家になって雇用を増やすとか、
考えられます。

そこまでいかなくとも、
一般庶民ができる慈悲、
それが選挙での投票ではないでしょうか?
見返りを求めず、
自分以外の多くの誰かのためになり、
無感情に行うことができます。

自分の場合、
慈悲かどうかは他人の判断でしょうが、
そんな風に、できるところを可能な限り積み重ねていきたい、
などと思いました。
それが、他人にとっても、自分にとっても過ごしやすい社会に向かうだろうから。

なんだか、綺麗ごとっぽくなってしまいましたが、
イヤだなとか思ったらやめればいいし、
実際、
案外他人のためになってた事って、
難しく考えずにスッとやってた気がします…
さあ、
あなたはいかがでしょうか?!


では(^O^)/


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【AK情報】
・本名:小林秋生
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 (今後アップデートしていきます)
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